ヘーシンク氏に不戦勝 今も特別な感情持つ岡野氏
10/09/03 (13:55)
「正々堂々と戦いたかった」
8月27日にオランダで亡くなった、東京オリンピック柔道無差別級金メダリストのアントン・ヘーシンク氏(享年76歳)。1964年10月、東京五輪直後に兵庫県尼崎市で行われた国際親善試合でヘーシンク氏に不戦勝した経験を持つブラジル講道館柔道有段者会名誉会長の岡野脩平氏(72、北海道出身)は、敵前逃亡した形となったヘーシンク氏の当時の行動に「正々堂々と戦いたかった」と、今も特別な感情を持っている。一般にはあまり知られていない当時の秘話を岡野氏に聞いた。
資料などによると、東京オリンピックで故・神永昭夫氏を破って金メダルを獲得したヘーシンク氏は、同大会直後に兵庫県などで開催された国際親善試合にも出場している。
中央大学出身の岡野氏は当時、まだ渡伯する前で、関西の鉄鋼会社・大谷重工の柔道部キャプテンを務め、同親善大会に関西代表として出場することが決まっていた。
神永氏(明治大学出身、当時富士製鉄所属)とは大学時代からの付き合いで、社会人になってからも実業団の鉄鋼部門柔道大会で神永氏が大将、岡野氏が副将という関係で一緒に戦ってきたこともあり、岡野氏にとって神永氏は尊敬する先輩だった。
東京オリンピックで神永氏がヘーシンク氏に敗れた際、「TVを見ながら悔しさのあまり涙が出た」という岡野氏たち日本の柔道関係者は、「打倒、ヘーシンク」に燃えていた。
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