消えた空の架け橋JAL回想録③ 11/09/29 (11:35)  Icone_imagem

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1968年6月、直行便一番機の乗客が記念撮影を行った(コンゴニアス空港)

  VARIGが一足早く直行便を就航

日伯航空協定を調印したのは1966年だが、両国を結ぶ直行便はすぐには出現しなかった。日本からブラジルへの移住者は時代とともに激減していたが、それでも移住船が航行しており、船便が一般的な時代で、航空便は庶民にとって高嶺の花だった。

こうした中で68年、VARIGがリオ―サンパウロ―リマ―メキシコ―ロス―ホノルル―羽田の直行便(B707型機)を開設、日本への直行便の先鞭をつけた。当時、テレビのコマーシャルでVARIGはCMソングを流した。人気司会者だったローザ三宅を起用し、浦島太郎のイメージで、お里帰りの日本人移民を対象としたお里帰りをあおった。

昔昔浦島は
助けた亀につれられ
ブラジルにやって来て
住み心地の良さに国を忘れ
住みついた
ふと国が恋しく
いとまごいお別れにと
プレゼントしてくれたのは玉手箱
開ければびつくりその中には
日本まで往複切符
さっそく飛んでった

この歌のタイトルは「浦島太郎」(作詞=坂尾英矩、作曲=アルキメデス・メシーナ)



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