リレーエッセイ 10月 キムラ・大久保 悦子
11/11/17 (11:40)
バスデビュー
フロリアノポリス キムラ・大久保 悦子
ブラジルに来て3か月が経とうとしていたある日、私は足早に近所のバス停へと向かっていた。やっと一人で出かけてもOKとなったのだ。目指すはパウリスタ大通り。まずはバスでサンタ・クルスへ。そこから地下鉄でブリガデイロ駅へという行程だった。
怪しい人の目に留まらないようにしなければ。財布や時計は持たず、お金はジーンズのポケットに入れ、エストラ(スーパー)のレジ袋をバッグ代わりにした。さらに、『日系人だと思わせる』作戦を実行。「母国語はポルトガル語」のふりをするため、手には『クラウジア』(雑誌)を持ち、歩き方もブラジル人のように背筋を伸ばすことを心がけた。
ところがである。バス停に着いたとき、私の顔は青ざめた。バスへのサインってどうやるの? 日本のようにバス停に人がいるだけで止まったり、スピードを落としてくれたりなどしない。みんなは指を出して手を水平に上げている。問題はその指だ。人差し指だけなのか、他の指も一緒なのか。何度見ても確認できない。どうしよう。自分だけ違う出し方をしたら、よそ者だとバレてしまう。
そうこうしているうちにサンタ・クルス行きが近づいてきた。誰もサインを出さない。このままではバスは行ってしまう。ここは、どの指を出しているか、他の人が分からないようにするしかない。「エイッ」。素早く手を上げ、素早く下ろすと、バスは止まった。平然を装いつつ、汗びっしょりで乗り込んだ。
スタートから変なエネルギーを使ってしまったものの、何とか用事を済ませて無事帰宅。夕食の時、夫と夫の家族にバス停での話をすると大笑いされた。義妹曰く、「どっちでもいいのよ」。あんなに焦ってしまった自分が恥ずかしいやら、可笑しいやら。私も涙が出るくらい笑った。
やがて、サンパウロの生活にも、バスにも慣れ始めた頃、夫の仕事のため、フロリアノポリスに引っ越してきた。自宅からバス停まで徒歩1分。今度は1か月でバスデビューに臨んだ。
路線図なんてものは存在しない。運転手にセントロへ行くかを確認して乗車した。数分後、そろそろだなと早めに降車ボタンを押すと、バスはターミナルに到着。乗客全員が降りた。「えっ、 終点?」
顔が真っ赤になったことを今でも覚えている。
バスに何度も乗っているうちに、警戒心アンテナは適度に設定されるようになり、やたらと細かいことまで気にすることもなくなった。歩く時の姿勢はそのまま続けているが、財布やバッグは解禁。雑誌や新聞も小道具としての役割を終了。そして、バスにサインを出す時の指はというと……。もう意識すらしていなかった。
適当、適当。それでいいのだ。









