東京便り 大人になりすぎた日本人 11/12/12 (9:05)

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 師も走るという師走になると、キリスト教信者が多いというわけでもないのに、ジングルベルの曲が鳴り響く。これでも高度成長時代の昭和時代と比べると、ジングルベルの騒がしさはいくらか落ち着いてきた。昭和30年代から40年代にかけての街は、頭に紙製のとんがり帽子をかぶった千鳥足のサラリーマン達で溢れかえったものだ。クリスマスを商戦のネタにと考えたデパート、飲食店、ケーキメーカーなどの商魂に踊らされた狂騒だったわけで、今では本来の静かなクリスマスに収まりつつある。まだ商店街、スーパーなどにはジングルベルの曲をかけ、商戦を煽るところもあるが、ほんの一部である▼日本には古来から、節句というしっかりとした行事がある。クリスマスに頼らなくても、日本人はこの節句で季節の移ろいを知ってきた。主な節句は五つある。1月7日(七草がゆ)、3月3日(ひな祭り)、5月5日(子どもの日)、7月7日(七夕)、9月9日(菊の節句)。節句は、中国から伝えられた病気などの災いを追い払う行事だったとされている。今でも七草がゆ、ひな祭り、子どもの日(端午の節句)、七夕などの行事は行なわれており、無病息災を祈る人は多い。もともとクリスマスも日本の節句も、静かに無病息災を祈る日だったのだ。ひところのクリスマスのドンチャン騒ぎは、高度経済成長時代に花開いた徒花(あだばな)だった、といえようか▼高度経済成長時代を終えた日本は、10年以上もデフレ経済に悩まされている。インフレの経済拡張時代と違い、物価は下がるものの給料も下がり、経済活動は小さくなるばかりである。金利は安いが収入が増加しないため、ローンを組むのは危険で、信用経済もしぼみ、日本経済の活性化の目は全くみられない。八方ふさがりである▼この状況を打開するのは政治なのだが、政治家たちは相変わらず大臣の言葉尻を捕まえての魔女狩りに血道を上げ、景気をどうする、天災からの復興をどうする、といったことには全く無策である。温和しいのでは定評のある日本人だが、無策に対する抗議の声ぐらいは上げないと、日本はこのまま沈没しかねない。日本の経済成長を支えてきた人たちが高齢化し第一線を退いた今、彼らを追うような若い人材が出てこないのだろうか▼こうなると、町中を千鳥足でさまよう醜態を晒したサラリーマンたちが、今の若者たちよりは、数倍仕事ができたのかもしれない。今の日本人は、変に大人になりすぎたような気がする。(東京支社=瀬頭明男)

2011年12月10日付


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