おせち料理のない新年祝賀会 11/12/21 (9:08)

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 早いもので今年も10日を残すのみとなった。忘年会もほぼ終わり、クリスマスと新年の準備に忙しい毎日を過ごしているのではないだろうか。数日前、文協はじめ日系5団体、サンパウロ総領事館共催で毎年行っている元旦の「新年祝賀会」の招待状が届いた。十年一日のごとく同じことの繰り返しで進歩がない祝賀会に存在意義がないと一昨年から書き続けてきた。同じ思いを持ち、文協に直談判に行った人がいる。料理研究家の康本静子さんだ。「新年祝賀会というのに、振舞われる料理に『おせち』が含まれていないでしょう。おかしいと思いません?」。正論である▼康本さんは、文協に真意を質した。「予算が少なく、今の料理で精一杯です。料理は毎年同じで数十年変化はありません」との返事だったという。「文協は日本の伝統、文化を継承し、広めていくのが使命でしょう。それなのに」と怒りは収まらない。「おせち料理」には一つひとつ意味がある。例えば、黒豆は「一年中まめに働けますように」との意味が込められ、たくさんの卵を持つ数の子には、子孫繁栄を願う思いが入っている。こうした古くからの日本人の知恵を日系人やブラジル人に伝えていくことの大切さを康本さんは強調するのだ。康本さんは、「折り詰めにおせちを詰めて持ち帰ってもらい、家族に説明してもらうだけでも価値がある」と力説する▼文協には「和食普及委員会」がある。本格的な日本料理の真髄を普及するのが目的だが、それなら同委員会が中心になって新年祝賀会の料理におせち料理を出したらいかがか。日本から進出している食品関連メーカーや地場の食品メーカー、輸入業者に声をかけ、資金や食材を提供してもらえば、案外黒字になるのではないか。1世を含め、日系人で正月におせち料理を作る家庭はどのくらいあるのだろうか。雑煮は出しても、おせち料理となると手間隙がかかる。日本食レストランやホテルでおせち料理を食べてお茶を濁す人たちが多いだろう▼文協はじめ日系諸団体は硬直化し、リーダーたちは斬新なアイデアを持ち合わせていないのではないか。若い出席者を増やす意味でもおせち料理の提供を考える必要があるだろう。(鈴)

2011年12月21日付


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