西村俊治氏の功績たたえ メモリアル・ガーデンが完成 12/05/11 (10:59)  Icone_imagem

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雨天のため財団内の大講堂屋内で開催された記念式典(高橋祐幸氏提供)
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庭園入口噴水池の中にステッキをついて立つ西村氏のブロンズ像(高橋祐幸氏提供)

地元の新観光名所としても期待

 一昨年、99歳で亡くなった西村俊治氏(京都)をしのんで造られた「西村俊治メモリアル・ガーデン」の開園式が4月21日、同氏の二周忌に合わせて聖州ポンペイア市の西村財団で行われた。同氏は「農民が造る農民のための農民の機械メーカー」JACTO社を設立。また西村農工学校も創設し、次世代農業者の育成に努めた。同ガーデンは親族により造られ、記念式典にはジェラルド・アルキミン聖州知事(PSDB)をはじめ、同州の高官やエルシオ・リゴット・ザッパローリ同市市長ほか多数の来賓が招かれた。

式典当日が雨天だったため財団内の大講堂屋内で開催されたが、記念庭園の開園式と合わせて財団内に建立されたFATEC(サンパウロ州立精密農業技術大学)を、アルキミン州知事が命名・署名した「Faculdade Shunji Nishimura Fatec Tecnologia Precisao de Agricola」のプレート除幕式も行われた。

公立大学の校名に個人の名前が冠されたことは異例であり、ブラジル政府、聖州政府が世界の農業革新に寄与した西村氏の功績を高く評価していることが分かる。

また、同式典には京都府宇治市に在住する西村氏の親戚二十数人の慶祝訪問団も加わり、同氏の偉大な功績を改めて知る機会となった。

日系社会からは援協や京都会の役員のほか、故人と交友のあったブラジル力行会関係者らが参列し、約1000人の来場者とともに同庭園の完成を祝った。

あいにくの雨天で園内の見学ができなかったが、庭園入口噴水池の中にはステッキをついた同氏のブロンズ像が立ち、慈愛に満ちた表情が生前の氏を懐かしくしのばせる。

財団敷地内にある「西村俊治博物館」「JACTO農業機械技術歴史資料館」は、財団の施設、大学や付属農園などと仕切った別の道路が造られ、メモリアル・ガーデンから直接入館できるようになっており、将来は一般見学者も訪問できるように配慮されている。

地元ポンペイア市では、庭園も博物館も新しい観光名所となることを期待している。
援協代表として参加した坂和三郎副会長によると、式典の中で西村氏の孫娘、西村チエさんと西村ジョゼアーネさんが、故人の遺品などを展示している敷地内の施設について説明を行う場面もあったという。

西村氏は工業高校を卒業後、海外移住を目指して力行会に入学。ブラジルへは1932年に渡航した。着伯後しばらくは、サンパウロやペトロポリスで過ごした時期もあったが、ポンペイアへ移り住んでからは晩年まで同地に暮らした。

西村氏と交友のあったブラジル力行会の永田翼理事によると、同地入植直後、西村氏は工業の知識を生かして修理工を営んでいたという。

永田理事とブラジル力行会前会長の永田久氏は、西村氏が設立したJACTO社について「ブラジルにおける農機メーカーの基盤を作った」と話し、同氏の功績をたたえていた。

2012年5月11日付


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